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日本の介護施設の歴史 ― 養老院から地域包括ケアの時代へ

日本の介護施設は、明治期に宗教者や篤志家が開いた小さな「養老院」から始まり、約130年をかけて、介護保険制度のもとで多様な施設・住まいが選べる現在の姿へと発展してきました。その歩みは、「貧しく身寄りのない高齢者を救う場所」から「誰もが必要なときに利用できる生活の場」へという、高齢者観そのものの変化を映し出しています。

高齢化率が29%を超え、団塊の世代がすべて75歳以上となった今、介護施設のあり方は国民的な関心事です。現在の制度がなぜこのような形になっているのかを理解するには、その成り立ちをたどることが近道です。本稿では、明治から現在までの介護施設の歴史を時代ごとに振り返ります。

明治〜戦前:養老院の誕生と救護法

日本で最初の本格的な高齢者施設とされるのは、1895年(明治28年)に東京で開設された「聖ヒルダ養老院」です。英国聖公会の宣教師エリザベス・ソーントンが、身寄りのない高齢女性を保護するために設立しました。その後、1899年の神戸養老院、1903年の東京養老院など、キリスト教・仏教系の団体や民間の篤志家による施設が各地に生まれていきます。

当時の公的救済は、1874年の「恤救規則(じゅっきゅうきそく)」しかありませんでした。これは「家族や地域の助け合い」を前提とし、それが望めない極貧者だけを例外的に救うという、ごく限定的な制度でした。高齢者の扶養は家族、とりわけ長男の家の責任とされ、施設に入ることは社会的に「恥」とも受け止められていたのです。

転機となったのは、1929年に制定され1932年に施行された「救護法」です。65歳以上の高齢者を含む生活困窮者の救護が国の義務として定められ、養老院は救護施設として法律上に位置づけられました。とはいえ、対象はあくまで貧困者の救済であり、「介護」という概念はまだ存在していませんでした。

戦後〜1963年:老人福祉法と特別養護老人ホームの誕生

戦後、1946年の旧生活保護法、1950年の新生活保護法により、養老院は「養老施設」として再編されました。それでも位置づけは貧困対策の一部であり、経済的に困窮していなければ入所できない仕組みでした。

一方、1950年代後半になると、平均寿命の伸びや核家族化の進行によって、「お金はあっても介護してくれる人がいない」高齢者の問題が表面化します。こうした中、1961年に静岡県浜松市で「十字の園」が開設されました。寝たきりの高齢者を専門的に介護する施設で、後の特別養護老人ホームの先駆けとされています。

大きな画期となったのが、1963年の「老人福祉法」の制定です。高齢者福祉が生活保護から独立し、施設は次の3種類に体系化されました。

  • 養護老人ホーム:経済的・環境的理由で自宅生活が困難な高齢者向け(旧養老施設を引き継ぐ)
  • 特別養護老人ホーム(特養):心身に著しい障害があり常時介護が必要な高齢者向け
  • 軽費老人ホーム:低額な料金で利用できる住まい

あわせて有料老人ホームも法律に規定されました。経済状況ではなく「介護が必要かどうか」で入所が決まる特養の誕生は、介護施設の歴史における実質的なスタートラインといえます。ただし、入所先や利用の可否は行政が決める「措置制度」であり、利用者が施設を選ぶことはできませんでした。

1970〜90年代:社会的入院、老人保健施設、ゴールドプラン

1970年、日本の高齢化率は7%を超え「高齢化社会」に入りました。1973年には老人医療費の無料化が実施され、この年は「福祉元年」と呼ばれます。しかし、特養の整備が追いつかない中で医療費が無料になったことで、治療の必要がないのに病院に長期入院し続ける「社会的入院」が急増しました。病院が事実上の介護施設となり、医療費の膨張と、生活の場としてはふさわしくない環境という二重の問題を生みます。

この状況を是正するため、1982年に「老人保健法」が制定され、老人医療費に一部自己負担が導入されました。さらに1986年の同法改正で創設されたのが「老人保健施設(老健)」です。病院と自宅の中間に位置し、医療ケアとリハビリテーションを提供して在宅復帰を支援する施設として、1988年から本格的に整備が始まりました。

1989年には「高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールドプラン)」が策定され、特養や老健の整備目標が数値で示されました。在宅サービスの拡充も柱とされ、1994年にはさらに目標を引き上げた「新ゴールドプラン」に改められます。同じ時期、認知症高齢者が少人数で共同生活を送る「グループホーム」の試みも各地で始まりました。1990年代は、施設と在宅の両面で介護基盤が急速に整えられた時代でした。

2000年:介護保険制度と「措置から契約へ」

介護施設の歴史で最大の転換点は、1997年に成立し2000年4月に施行された「介護保険法」です。40歳以上の国民が保険料を納め、介護が必要になったら要介護認定を受けてサービスを利用する、社会保険方式の仕組みが導入されました。

最大の変化は「措置から契約へ」の転換です。それまで行政が入所先を決めていたのに対し、利用者自身が事業者を選び、契約を結んでサービスを受ける形になりました。利用者は「保護される対象」から「サービスを選ぶ主体」へと位置づけが変わったのです。費用は原則1割の自己負担となり、所得にかかわらず誰もが利用できる制度となりました。

介護保険施設としては、次の3つが位置づけられました。

  • 介護老人福祉施設(特養):常時介護が必要な人の生活の場
  • 介護老人保健施設(老健):在宅復帰を目指すリハビリの場
  • 介護療養型医療施設:長期療養が必要な人のための医療の場

あわせて認知症グループホームも在宅サービスの一つとして制度化され、民間企業の参入も認められたことで、介護サービスは一気に「市場」としての性格も帯びるようになりました。

2000年代以降:個別ケア、地域密着、住まいの多様化

介護保険の開始後、施設のあり方は「集団処遇」から「個別ケア」へと大きく変わっていきます。かつての特養は4人部屋が中心で、決まった時間に一斉に食事や入浴を行う運営が一般的でした。これに対し2002年、全室個室で10人前後を一つの生活単位とする「ユニット型特養」の整備が始まります。少人数の家庭的な環境で、一人ひとりの生活リズムを尊重するユニットケアは、その後の施設整備の標準となりました。

2005年の介護保険法改正では、住み慣れた地域での暮らしを支える「地域密着型サービス」が2006年に創設されました。定員29人以下の小規模特養や、通い・泊まり・訪問を組み合わせる小規模多機能型居宅介護などがこれにあたります。また、施設の居住費・食費が保険給付の対象外となり、在宅との負担の公平化が図られました。

2011年には高齢者住まい法の改正で「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住)」が誕生し、施設ではなく「住まい」を選ぶ流れが広がります。2015年からは特養への新規入所が原則要介護3以上に限定され、重度者に重点化されました。

医療との関係でも再編が進みました。2018年には、長期療養と生活の場を兼ね備えた「介護医療院」が創設され、介護療養型医療施設は2024年3月末で廃止されています。こうした流れを貫くのが、医療・介護・住まい・予防・生活支援を地域で一体的に提供する「地域包括ケアシステム」の考え方です。

現在の課題と展望

2025年に団塊の世代がすべて75歳以上となり、日本の介護施設は新たな局面を迎えています。最も深刻なのは介護人材の不足です。2008年からはEPA(経済連携協定)による外国人介護福祉士候補者の受け入れが始まり、2017年の在留資格「介護」創設、2019年の「特定技能」導入などにより、外国人材は介護現場に欠かせない存在になりつつあります。

あわせて、介護ロボットや見守りセンサー、ICTを活用した記録の効率化など、テクノロジーによる生産性向上も国を挙げて進められています。さらに、看取りへの対応、認知症ケアの質の向上、物価高騰の中での施設経営の安定など、取り組むべき課題は少なくありません。

振り返れば、日本の介護施設は「救貧」から始まり、「措置」の時代を経て、「契約と選択」の時代へと歩んできました。そして今、施設は地域から切り離された場所ではなく、地域包括ケアの一拠点として、暮らしの延長線上にあることが求められています。130年の歴史が示すのは、制度の変化の根底に常に「高齢者の尊厳ある暮らしをどう支えるか」という問いがあったということです。その問いへの答えを更新し続けることが、これからの介護施設に託された役割といえるでしょう。